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左官屋のヒトリゴト

 
10
 
黄色いハンカチを見た
久し振りに見たが高倉健の寡黙な演技に心打たれ、泣かされた

高倉健氏の文化勲章受賞のコメントに
大卒後、生きるために俳優養成所に入った
他の人の邪魔になるから、見学していて下さいと言われるほどの
落ちこぼれだった

その時
支えになったのが母の言葉であった
「辛抱ばい」
その言葉に支えられてここまでやってこれたと


昔の母と現代の母の違いは

現代の母は苦しかったら、辛かったら帰って来いと子に言う人が多いようだ
苦難から、危険からいつまでも子供を守ってやれると思っているのだろうか

高倉健の母の爪の垢でも飲ませたいものだ
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09
 
ウォルトディズニーが
ディズニーランドをつくった理由を述べている

お金儲けの為ではない
人間が本来あるべき姿になれる空間をつくる

人と人とが認め合い、褒めあい、許しあう、関係を保つことによって
愛に溢れた人間本来の姿を引き出せるのだ

ゲストは幸福感を実感するために訪れる
キャストの報酬は「ありがとう」

安いか高いかなんか心配しなくてもいい

良質かどうかだけを考えれば良い

もしそれが十分良いものなら、人はその見返りをキチンと払ってくれる
「夢を求め続ける勇気さえあれば、すべての夢は必ず実現できる」

そのような国に性奴隷などとありもしない、慰安婦像の設置を許可し
像の前で許しを請うアメリカ人が現れた

ディズニー精神はどこにいってしまったのだろう
 
10
 
2020年東京オリンピックが決定した

プレゼンターとしてトップでマイクの前に立った
佐藤真海(まみ)さんの評価が高い

大学時代に癌で右足を失った、昨夏のロンドン大会まで3大会
連続でパラリンピックの女子走り幅跳びに出場した
「義足のロングジャンパー」である

プレゼンターに選ばれたのは「佐藤さんの明るさと熱意」だという
笑顔も素晴らしい人だ

癌で右足を失った失意の中でスポーツが前を向かせてくれた
東日本大震災で故郷気仙沼が被災した

被災地を支援する中、そこで見たスポーツの力
夢と笑顔と希望をもたらし、人と人を結びつける力

すべて自らの体験を語った

聴く者の心を揺さぶるスピーチだった
涙を流して聴いた人もいたという

応援部のチアリーダーだった早大2年生の01年
骨肉腫が見つかって右膝から下を切断

絶望のどん底で母に言われた

「神様は乗り越えられない試練は与えないんだよ」と

真剣に打ち込めるものを探し、高校卒業以来となる陸上競技を再開
04年アテネパラリンピック出場をつかんだ

大震災の支援の中で日本が見たスポーツの持つ力
価値、卓越、友情、尊敬が言葉以上の力を持つということですと
スピーチは結ばれている

小生はスポーツオンチ、観るのは好きだが、何をやっても褒められたことがない
ボーリングはガターばかり、野球は三振、トンネル、ゴルフは言うまい
19歳まで大病を患い、医者より一切の運動を禁止されたのが原因と思ってきたが
しかし、佐野さんのメーセージでスポーツの持つ力を知った
とりあえず、ゴルフの素振りでもしてみよう
 
07
 
脳梗塞を乗り越えて栃木県日光市にある、標高2486mの
男体山に1222回目の6時間掛けて登頂に成功した人がいる

それも88歳の栃木県佐野市の田名網忠吉さんである
登頂後、山頂の奥宮の前で手を合わせて
「目に見えなくても守っていただいているのが良く分かる」と
深々と頭を下げた

田名網さんは健康管理の為、登山を始め、46歳で始めて
男体山に登り、78歳で年間78回を達成
平成17年に1000回を成し遂げた

だが1221回目の登山を終えた23年10月に脳梗塞で倒れた
左半身が麻痺し、胃に直接栄養を入れる「胃瘻」の状態になった

それでも「当拝は人生のすべて。この山と一緒に生きていく」と
再挑戦を目指しリハビリを開始した
スクワットや階段の上り下りなどのトレーニングを繰り返し
何と昨年の夏には胃瘻の管も取れたのである

是には医者も高齢者で別格の回復力と舌を巻いた

下山したのは出発から12時間後
「疲れてはいるが、それ以上に充実している」と力強い言葉で周囲の
心配をはねのけた

気象庁始まって以来の暑さで、ダウン寸前であるが、まだまだ
88歳に負けていられないと気合を入れ直した
 
07
 
日経 春秋 2013.8.7
イタリアの作曲家ヴェルディは「アイーダ」「椿姫」などのオペラで知られる
中でも指揮者や歌手が入念に準備する名作が「ファルスタッフ」だ
道楽者の老騎士と町の人々の人間関係を軽快に描いたこの喜劇は
音楽と台本が見事に調和した円熟の作品といわれる

完成は1893年。ヴェルディ80歳の頃だ

「いつも失敗してきた。だからもう一度挑戦する必要があった」と創作の動機を語ったという

後年、その言葉を知って心打たれたのが大学生のピータードラッカーだった
いつまでも目標を持ち続ける姿勢を教えられたと書いている
(プロフェッショナルの条件)

「経験が豊かになると、それが作品にも投影する」とドラッカーは言った

1989年80歳を目前にして著した「新しい現実」は国家の枠を超えた
経済の相互依存関係や技術革新などの世界の変化に目を注ぎ
ソ連の崩壊も洞察した

年齢を重ねるごとに考えを深め、作品の完成度を高めていった様子はヴェルディと重なる

体力は落ちても思考力や創造性は磨ける
二人の歩みが示している

古希を目の前にして、ふと後何年と年月を数える時がある
肉体も無理をすると悲鳴を挙げ、回復が遅くなった
二人の偉人には比べるべき何もないが、
挑戦し続ける強い意志と心だけは持ち続けたいものだ


プロフィール

根子清

  • Author:根子清
  • 茨城県水戸市で左官業を営んでいます。

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