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左官屋のヒトリゴト

 
27
 
青年に望む

 最近の若者を眺めると、ひ弱な若者が増えて来ているような気がするのはわたくしだけであろうか。
自分に自信が無いのか、群れを作って行動している者も多い。日本始まって以来の豊かさの中で、安逸を貪り、この豊かさが未来永劫続くものと思っているのだろうか。

 しかし、始めあれば終わりあり、あの栄耀栄華を誇ったローマでもついに滅び去ったのである。
ローマの賢人は言っている。ローマは外敵に滅ぼされたにあらず、ローマ人自身、内部化から崩壊していったのである。しかしそのことに気付いていたローマ人は少ないと。

 動物園で生まれ育った猛獣は、一見逞しく見えるが、ジャングルに放たれると生きていけないという。自分の力で餌を獲得する能力が無いからである。

今の若者を見ているとそんな風に見えて仕方が無い。
 逆境が人間を鍛え、人を造るといわれている。この恵まれた順境の時代にこそ、自分自身から逆境を求めて飛び込んでいくべきではないだろうか。
そして、己の限界に挑み、未知の分野にチャレンジすることである。己自身を逃げ場の無い袋小路に追い込み、そこから這い出てくるのである。壁にぶつかり、跳ね返されて己の無力を知る。踏みつけられ、跳ね返された挫折の中から、本当の己の力を知ることである。

青年時代こそ理想の炎を高く燃やし、大いなるロマンを描き、希望の炎を大きく輝かせて進むことである。
ある詩人は言っている。青春とは年齢ではない。希望を、夢を、勇気を失った時、始めて老いが始まると。若者は誰にも負けない勇気の炎を高く燃やすべきである。

 動物は自分で自分の人生を選ぶ事はできない。しかし人間はどのような人生でも時分自身で選べる選択という特権がある。

 己の進むべき道を、明確な目標を立てて、自分自身で選択して進むことである。その日暮らしの道を選択するか、自分自身に厳しく己の向上を目指し世の為に役立つ道を選択するかは、あなたに天から与えられた自由である。

 現代は若者に限らず三感が少ないという。感動、感謝、感激である。いつから私達は感動、感謝、感激の無い生活を送るようになったのだろうか。真剣に胸に手を当てて考えて見たい。
 小さな子共達のなんと活き活きした目の輝き、行動を見てみたい。底には未知なる物に対する畏れ、発見、驚きがある。見るもの、聞くもの、触るもの全てに対して彼らは毎日何かを発見して喜びを感じているのである。

 私達は豊かさの中で自然からの大いなる無限の贈りもの、太陽、空気、水・・・数限りない恵に対して余りにも当たり前という考えしか無いのではないだろうか。
 豊かさの中で己の持っている沢山の物、恩恵を忘れ、あれが欲しい、これも欲しいと無いものねだりをしているとしか思えない。この大自然、大宇宙の恵みを人間はただ貰い放しで良いであろうか。

 地球の未来を憂える若者は来るべき日の為にこの豊かさの中で、感謝、感動、感激を見失わす己の使命を正しく自覚し、正しく明確な目標を打ちたて、天から授かったこの命を正しく燃焼させようではないか。

 いざというとき頼るのは、正しく鍛えた己しかないのである。

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